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ペドロ・アルモドバル |

「トーク・トゥ・ハー」を見たのが一番最初。久々の絶賛映画だった。そして最近になって「オール・アバウト・マイ・マザー」を見た。
この元ドラッグクイーンの監督の優しい眼差しがとても好きだ。
人生には時に不条理で理不尽なことが起こる。
こんなことが自分の現実に起こっていいものか、と思うことがある。アルモドバルはそんな人たちに、
「でも生きることはただそれ自体素晴らしいことじゃない?」と語りかけ、なぜか信じてみたくなるような、そんな気にさせる。
彼の映画ではとても悲惨で、アブノーマルな事件が起こる。
でもそこに、絶望感がないのは、それぞれの悲しみを抱えた人々が、それぞれのやり方でお互いを支えあっているからではないか。
「オール・・・」で全くキャリアも生活スタイルも思想も違う4人の女性(うち一人は女性になった元男)がジョークを飛ばしながら素の自分になっておしゃべりするシーンがある。一人一人がとてもいい顔をしている。
こんな経験は私にもあるからよくわかる。そう、とてもいいものだ。
彼女たちを繋いでいるものは何だろう。
「オール・・・」では3人のエステバンがでてくる。命が引きつながれていくのだ。
そして「トーク・・・」でも、ショッキングな形ではあるが、命が引き継がれる。
この引き継がれた命は、その誕生から悲劇をも受け継いでいる。
しかしその悲劇を内在して生まれた命は、他者にとっては一条の光であり、救いであり、かけがえのないものとして授けられることとなる。
その誕生は「祝福」されているのである。
アルモドバルの感性は女性的である。母性的である、といったほうがいいかもしれない。
「トーク・・・」では母性的なものは影をひそめるけれども、それでもそこに出てくる男性は、やはり極めて女性的なのである。
過剰に理想化された女性的なるものや母性の賛美、男性的なものの排除と言う点で批判されうることは容易に理解できる。
でも、彼の優しさを素直にうけとってみるべきでは、と思うのは私が女だからだろうか。
彼は、「戦うことも大切だけれど、全てを受け入れることにおいても、人は幸せになることだってできるのではないの?」
というモダニズムによって切り捨てられてきたものをもう一度目の前に指し示しているのではないだろうか。
スペインの見た血塗られた歴史が見える。ロルカの悲しみと憧れ。
「トーク・・・」
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映画・ビデオ04.4.11更新
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